
2024年、唯一の「国際卓越大学」にも選択された東北大学。データサイエンスとAIの基礎教育から専門的な学び、さらには社会との接続までを視野に入れた教育・研究プログラムを展開し、時代の変遷に耐えうるリテラシーと、普遍的な知識・スキルの習得機会を学生に提供しています。推進するのは「東北大学データ駆動科学・AI教育研究センター」。
本記事では、センター長の早川 美徳教授、副センター長の栗林 稔教授へのインタビューを通じて、東北大学が目指すデータサイエンス・AI教育のビジョンと、その実践について伺いました。
プロフィール

東北大学 データ駆動科学・AI教育研究センター センター長
早川 美徳氏

東北大学 データ駆動科学・AI教育研究センター 副センター長
栗林 稔氏
データサイエンス、AIをこれからの時代における「読み書き算盤」に
―おふたりのご経歴を教えてください。
早川:私は岐阜県出身で、東北大学の工学部に入学して以来、東北大学に在籍し研究をしております。専門はパターン形成や統計物理学です。例えば「金平糖の角が生える仕組み」。金平糖の角はどのように生え、その大きさや格好がどのようなメカニズムで決まるのかを解き明かすことも、この学問領域では取り扱うことができます。 統計というのは、データサイエンスはもとより情報科学の分野に関連しますので、その基礎的科目の講義も長く担当してきました。

栗林:私の出身は香川県です。神戸大学で修士号を取得した後、神戸大学、岡山大学を経て、1年半ほど前に東北大学に着任しました。専門は情報理論をベースに研究をしておりまして、そこから発展して情報セキュリティや暗号理論も対象にしています。近年はAIを活用したフェイクメディアやディープフェイク対策の研究にも力を入れています。マルチメディアコンテンツに関連するセキュリティ技術ですね。

―おふたりとも、学問にとどまらず深く現代の社会に関連する、まさに「実学」の分野を研究されているのですね。おふたりがセンター長、副センター長を務めておられる、東北大学データ駆動科学・AI教育研究センターについても教えて下さい。
早川:東北大学データ駆動科学・AI教育研究センターは、既存組織の教育情報基盤センターから改組され、2019年10月に発足しました。「東北大学ビジョン2030」にて変革期を迎えた世界の課題に東北大学として対応していくために、データサイエンスやAI分野の強化が必要だと明記されたことを背景としています。
使い古された表現かもしれませんが、データサイエンスやAIの分野が、これからの時代の「読み書き算盤」になる。学生に来たるべき世界のリテラシーを獲得してもらいたい、そのためのセンターです。予算を確保し人材を招いて、AIや統計、データサイエンスの層を厚くしました。専任教員で14名ほど、まだ募集中のポストもありますが、大学内で組織された同じようなセンターとしては専任の数としては、全国的にも充実した布陣になっているかと思います。
―センターには5つの部門がありますね。
早川:データサイエンスとAIのカリキュラム、課外的な活動を提供しているのが「データ科学教育研究部門」「AI教育研究部門」です。「デジタル教育研究部門」「データ基盤・セキュリティ教育研究部門」はLMS(Learning Management System)や教育用の情報基盤を提供、整備する部門、「基盤技術部門」には専門の技術職員が在籍し、企業でいう情報システム、IT部門の活動を行っています。

―カリキュラムはどのような内容でしょうか?
早川:企画することと実施すること、両方の立場で私たちは活動しています。リテラシーを高めるという意味で全学対象としては、東北大学に入学した2,500人の初年度最初のセメスターに、センターが提供する情報とデータの基礎的な科目を文系理系問わず受講することになっています。
―具体的にはどのような内容ですか?
早川:ソーシャルスキルおよびサイエンススキルを取り上げます。例えばSNSの取り扱いの注意や情報倫理を前半に、後半ではデータサイエンスやAIについて。旧来では、それこそワープロの使い方やプレゼン資料の作り方を教えたりもしていましたが、今ではそれは最低限にして、データサイエンスやAIに時間を割くように内容を変化させています。
研究大学としての底力を高めるCDSプログラム
―CDSプログラムについて教えて下さい。
早川:「挑創カレッジ コンピュテーショナル・データサイエンスプログラム(Computational Data Science program)」すなわちCDSプログラムは、「東北大学ビジョン2030」を具現化するために学部や学科を問わず誰でも受講できる全学教育の一環です。我々のセンターがこのプログラムを立ち上げるにあたって、数学や統計の基礎といった時代の変化に大きく影響されない部分は大切にしながら、データサイエンスやAIに関係する科目、例えばプログラミング実習やAIの社会的な応用といった科目は大きく増やしています。
―文系理系問わず受講できるとのことですが、学生によってリテラシーが異なる場合もありますよね。
栗林:受講する学生に工学部や理系の学生が多かったとしても、細かい理論的な講義内容のみだと文系の学生には難しい場合もありますので、例えば実際に手を動かしながらコードを動かしてみる、ハンズオン形式を取り入れるなど工夫しています。

早川:学生が自身の興味やスキルに応じて学びを深めることができるようにと科目は設計しており、例えば「AIと社会」とか、「AIの歴史」といったように、文系の学生でも入りやすいような科目も用意しています。工学部系でモチベーションの高い学生には、実際に自然言語処理等のコーディングを行うところまで実践するような課外活動へ進むケースもみられます。
栗林先生は、CDSプログラムのコアになる「実践的機械学習」という科目を担当していますが、受講者は500人を越えています。
―500人! どういった内容の講義ですか?
栗林:機械学習の基本となるアルゴリズムを実際に動かして、どういった動作をするのかを体験してもらうという内容です。講義自体はオンラインとオフラインのハイブリッドで行います。オンラインで画面を見ながら手を動かすほうがわかりやすい学生はオンラインで、実際に手を動かすことが苦手な学生は対面で質問をしてやってみる、という形を取っています。
早川:栗林先生は、学生への対応を手厚くするために、生成AIを使ったチャットボットを自身で組んで活用したりもしているんですよ。

栗林:ChatGPTを使って、特にプログラミング初学者に対して難解なエラーメッセージを、より具体的に理解しやすい解説に変換するようなものを組んでいます。一斉に質問されてしまうと教員とTAだけでは対応できませんので、授業の補助的なものとして学生には使って頂いています。
早川:CDSプログラムは学部1、2年生を主体とはしていますが、例えば大学院生でも、自身の専門性に更に磨きをかける段階でデータサイエンスやAIのリテラシー、スキルを改めて「学び直す」機会としても機能しています。栗林先生の科目を受講する500名の中には、例えば医学部とか文学部の大学院生もいます。
―教養レベルで立ち戻って学び直しを行うということですね。
早川:CDSは、所謂ラーニングエコシステムを大学全体に対して提供し続けていくことで、学びの好循環を生み出し、研究大学としての底力を更に強化できればと思って取り組んでいるプログラムでもあるのです。
「G検定」「E資格」で、CDSプログラムの学びと社会の価値を関連付ける
―「G検定」および「E資格」学修支援プログラムについてお聞きします。これらの資格を選定した理由を教えてください。
早川:JDLAの認証を受けた検定、資格としての社会的認知があるということと、JDLA認定プログラムでzero to one社が提供するオンラインの学修支援プログラムのクオリティが高いということが理由です。
栗林:導入にあたっては、学内で議論もありました。私たちはアカデミアですので、教育は内部で完結させるべし、という意見があったのも事実です。
早川:私たちの課題としては、CDSプログラムを習得することによって、それが社会的にどのような価値があるのか、いわば想定的な立ち位置を示すことがなかなか難しい、ということがありました。CDSプログラムで一定の科目を修了し単位を獲得することで、修了証とオープンバッジを発行していますが、社会との関連を明確にアピールできていなかったこともあり、CDSプログラムを修了する学生の数を伸ばせていませんでした。

栗林:選択できる科目が多く、必要な単位数もあるため、学生にとって修了は簡単ではありません。2年間くらいで学んでいくイメージです。
―今回、「E資格」学修支援プログラムをJDLAの認定プログラムとする協定を結ばれました。
早川:社会人になってから勉強し受験資格を得て「E資格」を取る方もたくさんいらっしゃるなか、東北大学の学部生はCDSプログラムで基礎力を養いつつ、学修支援プログラムを通して「E資格」にも挑戦できることになります。今回のJDLAとの連携で、CDSプログラムと社会との紐づけをより示していきたいと考えています。
―学修支援プログラムの運用について教えていただけますか?
早川:CDSプログラムの受講生を対象に、「G検定」および「E資格」の参加希望者を募り、スキルに合うコースを選別したのち、zero to one社のオンライン学習をCDSから提供します。実際の試験にかかる費用や模擬試験は学生の負担とし、受験のタイミングは学生の主体性に委ねています。
栗林:試験に合格すれば、自身のスキルセットの客観的評価になりますし、特に「E資格」取得は知識習得だけではなく実践の力も評価されます。学生が成果を把握し、より高度な学習へつなげるきっかけとしても良いと感じました。

―学修支援プログラム自体は2023年から実施されていますね。学生からはどのような意見がありましたか?
早川:アンケートからは総じてポジティブな印象でした。特に「E資格」については受験資格を得るためにそれなりのコストが必要だったものが大学で診てもらえて助かったという声や、大学院に進学し研究活動に活かしたいという声。また、これからも勉強に励み、エンジニアを目指したいというように、モチベーションを継続し、目線を上げることにつながっているようですね。
時代に流されない本質的な学びを深めるきっかけを提供していく
―CDSプログラムを受講した学生がその後どういった進路や研究をされているかなどは把握されていますか?
早川:プログラム自体は1、2年生が主体ではありますので、そこから先のフォローアップをチームとして行っているわけではありません。ですが、例えば私が担当していたデータサイエンス関係の科目を受講していたある学生のことは印象に残っています。
―どういったエピソードでしょうか?
早川:経済学部の学生で、授業期間中は特に目立ったことはなかったのですが、半年くらいしてから直接「ちょっと相談があるのでお時間いただけませんか?」と連絡が来まして。個別に会っていろいろ話してみると「実は留学したいんです」ということがわかって、東北大学で留学を支援するプログラムを紹介したんです。結果的にその学生はモチベーション高く留学し、時折、留学先のキャンパスの様子を写真に撮って送ってきてくれたりしていますね。

栗林:私たちの取り組みで、なにかしらのきっかけやチャンスを提供できていたら嬉しいですし、全学教育の割と早い学年のタイミングで気づきを得てもらえたらと思っています。
早川:栗林先生が熱心に取り組まれている高校生向けのプログラムもその文脈ですね。
栗林:そうですね。地域の高校にて、データサイエンスに興味を持った大学生と共に出張授業といいますか、自発的にテーマを決めて取り組む課題発見型の探求授業を行っています。東北大学が目指しているデータサイエンスとAIの分野でのリテラシーを高める、裾野を広げるようなイメージです。

―学びの早い段階でのきっかけを提供されるご活動ですね。加えてCDSプログラムでは「学び直し」の環境も重視されています。
早川:海外では、文系学問の研究においても先行論文のリサーチなどでAI活用が一般的になってきていますよね。数年前のタイミングでは自分ごとではなくとも専門性が高まった大学院生で必要性を感じたときに、学び直しができる環境を大学側が用意しておき、そのリソースを活用できるようにしておきたいのです。
―ありがとうございます。東北大学は建学から実学尊重の理念を掲げ、2024年には国際卓越大学にも唯一選択されました。東北大学データ駆動科学・AI教育研究センターで取り組まれているデータサイエンスやAIリテラシーといった領域は、社会全般に求められています。今後、どのような展望を持っていらっしゃるかを教えて下さい。
早川:それはまさに、私たちも大学も問われている大きな宿題だと思っています。人材育成、データの利活用、AI…グランドデザインを明確にし、戦略化していかなければなりません。

ただ、企業の方と意見交換する中で理解できているのは、生成AIの使い方がどうとか生産性を高めるためにはどうとかいうことではなく、例えば統計的に処理データを活用するにあたって、基礎的な考え方や理論的背景を理解している人材を育成することが、大学に求められていると感じています。
栗林:時代の移り変わりとともに技術も変遷します。まさに栄枯盛衰で、主流の技術やルール、トレンドだけを集中して追いかけるというのは非常に怖い。私たちはアカデミアだからこそできる教育を提供する必要があります。一点突破の即戦力を作るような教育は、企業で行うのは理にかなっていますが、大学では10年、20年先も様々な歩き方ができる学生を育てていかなければなりません。

早川:スティーブ・ジョブスの”Connecting The Dots”のように、学生がこのセンターで学んだことが10年、20年後にふっとつながるような、思い出したときにまた学び直しができるような、そういった経験のきっかけを生み出していきたいですね。
