ゲスト:コクヨ 三宅健介氏、山村隆氏、山本優子氏
JDLAでは、デジタル人材育成に積極的に取り組む企業から学ぶ、無料ウェビナー「人材育成 for DX」を開催しています。このセミナーでは、DX推進の鍵となるデジタル人材育成に関して、毎回企業ゲストをお招きしながら様々な実際の取り組みをご紹介。そのノウハウを紐解き、お伝えします。
2022年2月18日(金)に開催した「人材育成 for DX #4」のゲストは、コクヨの三宅健介(みやけ けんすけ)さん、山村隆(やまむら たかし)さん、山本優子(やまもと ゆうこ)さん。文具やオフィス家具を手掛けるコクヨに根付く「実験カルチャー」と、人材育成として取り組む「デジタル推進タスク」についてお三方から伺いました。
登壇者紹介
コクヨ株式会社 DXデザイン室 室⻑
三宅 健介(みやけ けんすけ)氏
家電メーカーで商品企画、広告代理店グループ会社とシンクタンクで事業戦略・マーケティング戦略コンサルティングに従事したのち、2013年にコクヨに入社し、ファニチャー事業や海外事業の戦略立案を担当。その後、アマゾンジャパンでEC事業の戦略立案や事業責任者に従事したのち、2021年6月よりコクヨに復帰し、全社DX推進の責任者。
コクヨ株式会社 情報システム部 副部⻑
山村 隆(やまむら たかし)氏
1991年コクヨ入社。本社経営企画部門、また事業部門ではロジスティクス子会社社⻑などを経験、2018年より情報システム部を担当。2020年に部内にデジタル推進タスクフォースを立ち上げ、全社DXを支える人材育成への取り組みを開始。
コクヨ株式会社
山本 優子(やまもと ゆうこ)氏
1999年コクヨ入社。ファニチャー事業の営業・設計部門を支えるシステム企画・開発・運用を担当。2019年、AIを活用したシステム開発プロジェクトのシステム企画・開発にも携わり、2020年より、デジタル推進タスクメンバーとして、ICTツールの導入、クラウドAIサービスを活用したプロト開発、社内でのG検定資格取得支援などに従事。
JDLA 理事/事務局長
岡田 隆太朗(おかだ りゅうたろう) [モデレーター]
2017年、ディープラーニングの産業活用促進を目的に⼀般社団法人日本ディープラーニング協会を設立し、事務局長に就任。2018年より同理事兼任。緊急時の災害支援を実⾏する、⼀般社団法人災害時緊急支援プラットフォームを設立し、事務局長として就任。コミュニティ・オーガナイザーとして、数々の場作りを展開。
DXはデジタル“トランスフォーメーション”はなく“エクスペリエンス”
まず、JDLAの岡田から本セミナーシリーズの趣旨説明とデジタル人材育成が急務であるという現状の共有をはじめ、デジタル人材が身につけるべき能力についてご説明。その後、三宅さん、山本さんによるプレゼンテーション「コクヨの実験カルチャーを加速するデジタル人材育成とは?」がスタートしました。
まずは、三宅さんから「コクヨに受け継がれる『実験カルチャー』」をテーマに、コクヨの中長期戦略やカルチャーをご紹介いただきました。
――三宅
コクヨの強みは『体験デザイン』です。オフィス家具であれば、それを使うことで働き方や学び方にどのような変化が起こるのかを考えながら開発・販売しています。コクヨの今後10年間の長期ビジョンとして、『Work & LIFESTYLE COMPANY』を掲げています。体験デザインの強みを生かしながら、文具・家具メーカーの枠にとどまらず、多様な働き方や暮らし方・学び方をご提案していくことで、世の中の皆さんが豊かな生き方を創造することに貢献する企業に進化したいと考えています。
既存事業に体験デザインという強みを掛け合わせることで、既存事業のブラッシュアップや領域拡張、新しいニーズの事業化をしていくことができると考えています。つまり、既存事業を拡張していくためのテコとしてデジタルを活用していくことが非常に大事であるということです。
――三宅
そのような中で、私が所属する経営企画本部DXデザイン室は、各事業部と山村・山本たちが所属する情報システム部との間に入り、事業部に密着しながらデジタル戦略を推進しています。
部署の名前にもある“DX”は、通常は『デジタルトランスフォーメーション』を意味しますが、私たちは『デジタルエクスペリエンス』と定めています。『エクスペリエンス』は、私たちの強みである『体験デザイン』の『体験=Experience』から来ています。DXはシステムを入れることが目的ではなく、あくまでも中心は顧客や従業員。顧客体験を起点とした戦略シナリオ策定支援や、顧客体験価値最大化に向けた従業員の働き方デザインに取り組んでいます。
実験カルチャーを体現する新オフィスが誕生
――三宅
体験デザインを事業につなげていくにあたり、大切にしているものが『実験カルチャー』です。下記は、1969年に大阪本社ビルを建て替え、『ライブオフィス』をスタートさせた際に出した新聞広告です。このときから既に『明日のビジネスシステムを考える 生きた実験ビル』と掲げています。ライブオフィスとは、オフィスをお客様にも見えるように開放する取り組みで、53年前から社員自身が体験者として自社の商品を使うことで商品やサービスの改善をしてきました。
――三宅
そして2021年2月、東京品川オフィスをリニューアルし、『THE CAMPUS(ザ・キャンパス)』としてオープンしました。地域や他社にも開かれたオフィスとして、新しいビジネスを作っていく実験場のように活用していきたいと考えています。
他社さんの在庫商品をまとめて一般のお客様に売り出すマーケットを開催した『街に開く実験』のほか、以前から取り組んでいるライブオフィスの『働き方の実験』、『THE CAMPUS』1階の『THE CAMPUS SHOP』でAR(拡張現実)を使った買い物体験の実験を行う『顧客体験の実験』など、『THE CAMPUS』ではすでに様々な実験が行われています。
活動1年目、まずはG検定取得にチャレンジ
続いて、情報システム部の山本さんから「デジタル推進タスクの取り組み」について紹介いただきました。
――山本
私が所属する情報システム部は約60人が在籍し、各事業を支える基幹システムやネットワーク・インフラの企画開発運用に携わっています。今日お話しする『デジタル推進タスク』は、2020年に活動を開始した情報システム部内のセミフォーマルな活動で、ボトムアップ型で試行錯誤しながら取り組んできたものです。
コクヨはデジタルをテコに事業領域の拡大を目指す中で、情報システムもど真ん中で変革の中核を担っていきたいという思いがありました。一方で情報システムは既存システムの改修・運用・保守で日々やらねばならない仕事に追われており、最新のデジタル技術もどこか遠くに感じてしまっているような状況。そこで、まずは自分たちで実験・体験できる場つくり、楽しんで学びながら事業や業務に活かしていけないかという思いで『デジタル推進タスク』を立ち上げました。
――山本
『デジタル推進タスク』は2020年にスタートし、今年で活動3年目を迎えます。メンバーは情報システム部社員から毎年手挙げ制で募集しており、2020年は12人、2021年15人と徐々にメンバーも増えてきました。
活動1年目の2020年。『デジタル推進タスク』発足後に最初に取り組んだことはG検定の勉強です。きっかけは、JDLA協会会員のzero to one 代表取締役CEOの竹川隆司様とご一緒させていただく機会があり、『コクヨさんもG検定を受けてみたらどうですか』とお声がけいただいたことからでした。部内のメンバーとチャレンジし、7月のG検定2020#2で4人が合格しました。8月には役員・中堅社員向けのAI講座を実施し、私も社内講師として参画。68人が参加してくれました。参加者アンケートでは満足度85%と、学ぶことへ興味を持つきっかけ作りができたのではないかと思っています。
活動2年目の2021年は、学んだことを実践につなげる練習として、AWSクラウドのAIサービスを使ったプロト開発にチャレンジしました。私も含めメンバーのスキルレベルは、実務でのプログラミング経験はゼロで、AWSのクラウドを自身で触ってみることも初めての体験でした。しかし、3カ月という短期間ながら、顔認証や表情分析、不良検知などの実装に成功。試行錯誤しながらも自分たちで機能実装ができたことで自信を得られました。一方で、周囲を巻き込むほどの取り組みには至らず、『我々はどこへ向かうべきなのか』という議論を重ねることが多くなっていきました。
情報システム部門だけでなく、事業部門のITリテラシーも高める
――山本
業務課題解決のアイデア発想には何が足りないのか。議論を重ねるうちに、デジタルリテラシー協議会が2021年4月に公開したDi-Lite人材の考え方を知り、深く共感するようになりました。それは、『作る人(情報システム部門)だけでなく、使う人(事業部門)もITを理解しなければアイデアは創出されない』ということです。我々が種をいくら撒いても育たない中では、新しい種を仕入れてくるのではなく、畑を耕すことが必要だという結論に至りました。
そこで、活動2年目の2021年下半期は、全社向けの教育啓蒙として『ITリテラシー向上プログラム』を企画し、人事部に持ち掛けて連携しながら進めました。社員のITリテラシーを高めることを目指し、2021年11月にG検定・ITパスポート合格を目指すプログラムを実施。全社で募集をかけたところ、対象社員2400人に対して、事前説明会参加者が284人、エントリー者が134人も集まり、想定の20人を大幅に超える大反響を得ました。
――山本
プログラム受講者の部門別の内訳は、事業部門の受講者が86%と、事業側のメンバーが多く参加してくれたことに手応えを感じました。年齢別の内訳は、若手社員の応募が多い中でも、40代以上の中高年層も多数受講。中高年層の社員からは『現場の顧客対応の中で必要に迫られているから受講した』という声もありました。
『ITリテラシー向上プログラム』では情報システム部社員自らが講師として講座を開いたことで、自分自身も理解が深まりスキルアップにつながったと同時に、事業部門との関係性構築もできました。次のステップであるデジタル活用実践という過程においても、事業部とのつながりは大きな糧になると思っています。
プログラムの結果、G検定は93%、ITパスポート検定は71%と高い合格率となりました。受講者アンケートで、『ITリテラシー向上につながったか?』という質問に、85%が『つながった』と回答。『ITについての学ぶ機会になった』『全社展開すべき、上司にも受けさせたい』など前向きな意見をいただきました。一方で、『今回学んだ知識が業務に役立ちそうか』という質問に対しては、具体的な活用イメージまでには至っていないという回答が多く、活用する場の提供や実践につなげるためのフォローアップが課題だと感じています。
活動3年目の2022年は、事業や業務への展開の兆しも見えてきています。例えば、昨年行ったAIプロト開発について社内サイトで広報したところ、事業部側のメンバーから『商品開発のプロセスにアイデアを生かせないか』という声があり、パッションゲート(社内展示会)でお披露目する計画が上がっています。
2021年には三宅が所属するDXデザイン室が組織化され、情報システム部と一緒に取り組みを進めることになりました。さらに事業部とつながる取り組みが一層加速するのではないかと期待しています。今年はさらにこれまでやったことのない実験をすることになるかと思いますが、自分たちの小さな一歩が事業やビジョンに貢献できていると実感できるように、楽しみながら継続していきたいです。
続いて、質疑応答の模様をレポートします。
座談会・質疑応答
プレゼンテーション終了後、モデレーターの岡田と座談をしながら、参加者からの質問にお答えいただきました。個別の質問とともに、参加者から特に気になるテーマを投票していただくスタイルで進行します。特に「人材育成への取り組み」への関心が高い参加者の方が多いようです。
まずは岡田からの質問をご紹介。
――コクヨさんでは「DX」は「デジタルエクスペリエンス」とされている。これには強い意図があるわけですよね。
――三宅
私たちは、DXはデジタルのシステムを入れることが目的ではなく、お客様やお客様に価値を提供する従業員の働き方の体験を変えていくことが目的だと考えています。『デジタルトランスフォーメーション』と言ってしまうとどうしてもシステマチックな感じがしてしまうので、本来のDXの意味も含めつつ『デジタルエクスペリエンス』としています。
――まさに「デジタルエクスペリエンス・トランスフォーメーション」、DXXですね。では、DX(デジタルトランスフォーメーション)への取り組みとしては、全社戦略としてはどう位置づけられているのでしょうか。
――三宅
お客様側の行動やニーズが、新型コロナの影響もありデジタルなしには語れなくなっています。お客様が変化しているのならば当然私たちもデジタルをうまく使って価値提供していかなければなりませんし、私たち自身で『何がいいのか・何が課題なのか・どうすればいいのか』を実験しながら考えなければなりません。そのために、全社戦略でデジタルは中心的な位置づけであると捉えています。
――山村
これまではお客様と直接取引をすることがあまりなく、顧客起点でビジネスプロセスを作っていくことがなかなかできなかった側面があります。だだ、現在のこのような環境下で顧客起点のプロセスに作り変えることは本当にできるのか、チャレンジしているところです。
――特に注力している施策はありますか。
――三宅
一つはお客様と直接的につながるためにデジタルでの接点を持つこと。そして、そこで得られたデータをうまく活用して、お客様により良い体験・サービスを返していくにはどうしたらいいのか。この2つが大きなテーマです。
――人材育成への取り組みについて。最初にG検定取得を目指されたのはなぜでしょうか。
――山本
JDLA協会会員のzero to one竹川様と社員がご一緒させていただく機会があり、そこで働きかけをいただいたことがきっかけです。
――山村
私自身は『エキスパートとなるエンジニアを育てたい』『何でもバリバリ内製でやりたい』と思っていたわけではなく、ジェネラリストを育てるべきだと思っていました。コクヨマンとしてのビジネススキルを持っていて、なおかつビジネスの課題をどんな方法や作戦で解決していくか、その中のツールの一つにデジタルがある。そこで、『ジェネラリスト検定』であるG検定を受けることにしました。
――G検定の合格率が非常に高く驚きました。取得された方や勉強された方の変化はありましたか?
――山本
私自身も受験して、ジェネラリストとしての知識体系が理解できたのはとても良かったです。ただ、アンケートにもあったように実践にどうつなげていくのかは、皆が共通で迷っている部分。プラスアルファのフォローも必要だと考えています。
――視聴者から寄せられる質問の中には、「組織」「上司」というキーワードが多いです。どういうふうに組織を動かし、全社的な取り組みになっていったのでしょうか。
――山村
プレゼン資料はかっこよく書いてありますが、まだまだ全社レベルの取り組みだとは思っていません(笑)。現状、全社で各種情報関係の資格は1割が保有しているほどです。G検定資格取得者はこの3年で情報システム部の2割を超える社員が合格しましたが、2030年の長期ビジョンのタイミングでは全社で各種情報関係の資格を5割ほどの社員が取得している状態を目指しています。そうすることで、現場の最前線で起きている課題を肌で感じているメンバーが『こうやってAIを使うために、こういうデータを取ってこないといけないよね』というところまで頭が回るようにしていければと思います。
――最後に一言ずつコメントをお願いします。
――山本
この2年間私自身も実験をしながら学習をして『こんな分野もあるんだ、あんな分野もあるんだ』と、戸惑いつつも領域が広がっていることを実感しています。私たちもスキルアップしながら、情報システム部が事業を牽引していけるような存在になっていければと思っています。
――山村
次は成功事例が必要だと考えます。その事例は小さくても、三宅さんや他の事業部のメンバーと一緒になって作っていくもの。そこに私はアンテナ張りながら、皆さんが楽しんで活動される中で発見を作っていくことが役割だと思っています。
――三宅
クイックに改善できそうな小さな課題もあれば、本腰を入れてプロジェクトを組み、関係するメンバーと一緒に大きく形を作っていくものと、両輪が必要だと思っています。そのためには、事業側で何が起きているのかを理解し、どの方向に向かっていくのかを私たちがアンテナを張って、議論を進めていく中で形にしていく。その上で、山村のような情報システム部のチームとつないで専門性を発揮してもらう。私はそこの課題のあぶり出しをやっていきたいなと思っています。
オンラインセミナー「人材育成 for DX」は今後もさまざまな企業の実践者をお招きし、月に一回のペースで継続して皆様にデジタル人材育成の事例をご紹介してまいります。