ディープラーニング 活用事例紹介 #9[株式会社電通]
近年、広告の分野でもAI、ディープラーニングの活用が進んでいる。広告会社である株式会社電通も、AIを活用して広告関連業務のDXを推進しようとしているプレイヤーのひとつだ。
電通は数々のAIを活用したツールを発表しているが、中でもテレビ視聴率の予測システムは、広告主からの要望も多く、手探りながら2016年から開発をスタートしたという。
今回は、同社のテレビ視聴率予測ツール「SHAREST」や関連するAIツールについて、株式会社電通 ラジオテレビビジネスプロデュース局の荒川 大(あらかわ だい)氏に話を聞いた。
株式会社電通
本社所在地:東京都港区
設立:1901年(明治34年)7月
https://www.dentsu.co.jp/
事業内容:顧客のマーケティング全体に対するさまざまなソリューション提供に加え、デジタル時代の変革に対応する効率的な広告開発、最適な顧客体験のデザイン、マーケティング基盤そのものの変革や、さらには顧客事業の変革をも推進しています。また、マーケティング領域を超えて進化させた多様なケイパビリティを掛け合わせ、顧客と社会の持続的成長に貢献する統合ソリューションを提供していきます。
視聴率をAIで予測する「SHAREST」
――御社の視聴率予測ツール「SHAREST」について教えてください。
――荒川
はい。私が所属するラジオテレビビジネスプロデュース局では、「スポット取引」という、テレビの広告枠を福袋のようにセットセールスするフローのDX推進を担っています。
広告枠には番組の放送時間に対して何分、など枠の上限があるため、有限の在庫をいかに効率よく運用し、単価を高めるかを考えることが不可欠です。その中で「視聴率をより正確に予測したい」という声が、これまで当社が広告枠を販売する際に、クライアントや社内から多くありました。
そうした声を受け、2016年ごろから、私の上司である岸本が当時話題になり始めたAIに着目し、SHARESTの開発をスタートしたと聞いています。もっとも、当時はそうしたツールを開発している競合他社もなく、AIに関する知識もなかったので、完全な手探りでスタートしたそうです(笑)
これまで、視聴率の予測は人力で行っていました。たとえば、大物タレントが出るドラマの初回の視聴率を予測する場合、前クールのドラマ初回視聴率や、前に同タレントが出ていたドラマの視聴率を参考にして「今回はこのくらいだろう」のように予測していたのです。視聴率は、番組の内容や天気、裏番組などさまざまな要素により変動しますが、そうした変動要素とこれまでの勘と経験を組み合わせて予測していました。
SHARESTでは、エリアは東名阪、最大140のターゲットセグメントで視聴率予測ができ、タイムシフト視聴率の予測にも対応しています。また、視聴率に影響を与えるさまざまな要素を変数として学習を行っており、予測精度を直近の過去4週間、8週間平均値と競わせて、日々、精度向上を図っています。
もちろん、現在でも場合によってはSHARESTのみに頼らず、勘と経験などの人的知見とSHARESTの予測値を総合的に勘案し、最終的な予測値を出している社員もいます。放送終了後の実績視聴率を「アクチュアル」と呼ぶのですが、予測の方法がどうであれ、広告主にとってはアクチュアルが何%なのかがもっとも重要だからです。
どうしても予測とアクチュアルの差異は発生するものですが、SHARESTは、広告主により正確な予測視聴率を提示し、キャンペーンの到達見込みにご納得いただいたうえで出稿いただける、唯一のテクノロジーだと感じています。
広告枠を組み換え効果を最大化する「RICH FLOW」
――「RICH FLOW」というツールの併用で、広告効果をより高めることができると聞きました。
――荒川
「RICH FLOW」は、各広告主が発注したテレビスポット広告枠の中で、広告主それぞれのニーズを汲み取った組み換えパターンを導き出し、キャンペーン全体の広告効果を高めることができるソリューションです。
スポット取引の広告枠は、クライアントごとに人手で枠を選定して販売しています。そのため、これまでは枠の組み換えをリクエストいただいても条件に沿って枠の選定をやり直さなければならず、枠在庫に余裕があった場合のみ対応が可能、という状況でした。それぞれの広告主で、キャンペーン期間も放送していい時間帯も異なるため、人力で組み替えを行うと作業量が膨大になってしまっていたのです。
こちらの図は、アイスメーカーさんと行ったトライアル事例のイメージ図です。
アイスメーカーのA社ではより暑い日に広告を流したいというニーズがあり、化粧品会社のB社はF1層(20〜34歳の女性を表す区分)に広告をリーチさせたいというニーズがありました。そこで、RICH FLOWを活用して枠の組み換えを行いました。その結果、A社、B社それぞれの広告効果アップに寄与することができました。
一方で、こうした広告枠の最適化は、数100の広告枠に対して各広告主の時間帯や視聴者層の希望なども加味するため、計算量が非常に膨大になります。今は5社程度の組換えであれば5分以下で行えますが、数10キャンペーンの組換えを行うと計算時間だけで数時間ほどかかってしまいます。
そこで量子アニーリング技術を活用するための検討を開始しました。量子アニーリングを活用することで、膨大な計算量を伴う最適化問題を、圧倒的に高速・高効率で計算できる可能性があり、広告枠の組み換えが多ければ多いほど各キャンペーンの広告効果向上が見込めます。
このように、SHARESTを活用した視聴率の「未来予測」とRICH FLOWによる広告枠の「最適組み換え」の組み合わせが、これからの運用型マスメディアの根幹を担う技術であり、有限である広告枠の価値をトータルで上げていくことにつながると信じています。
人工衛星×AIでキャベツの出荷量を予測
――ほかにAI関連で取り組まれているプロジェクトはあるでしょうか。
――荒川
そうですね。変わったところですとディープラーニングによる画像認識と衛星画像データを組み合わせたキャベツの価格予測のプロジェクトがあります。
JAXAの人工衛星から送られてくるキャベツ畑の衛星画像から、AIによる画像認識でキャベツの収穫量、出荷量を予測します。上図のとおり、色つきの箱がキャベツ畑の一区画を表しており、色が変化し青に近づくほど収穫適齢期であることがわかります。これによって特定の時期にどのくらい出荷されるのかの予測が可能となります。
キャベツの出荷量が多く価格が安い場合、調味料など関連商品の需要が高まるので、そのタイミングで広告を集中投下して売上の“山”を作りたいという食品会社のニーズからプロジェクトが始まりました。出荷量が予測できることで食品会社は売上増加が見込めますし、関連商品の配荷量を調整できることから、フードロス削減にもつながります。まだ先行研究段階ですが、食のサステナビリティにつながる取り組みだと感じています。
視聴率予測、最適化をドアノックとしてテレビ業界全体のDXを
――視聴率予測や広告枠最適化などの今後の展望を教えてください。
――荒川
個人的には、まずは現在取り組んでいるスポット取引というテレビ広告枠の領域でDXを進めていきたいと考えています。足元ではSHARESTの予測精度の向上、組換えフローの効率化に向けた開発を続けており、例えば、新型コロナ流行中の視聴率データをどう扱うかも課題のひとつです。新型コロナに限らず、こうしたイレギュラーな事態へも対応できるよう、学習データを増やすなどして、AIモデルの強度を高めていきたいですね。
また、現在は予測と最適化という基礎技術の開発とトライアルを進めていますが、本運用の拡大に向けて、より放送局との連携を強化していくことも不可欠だと考えています。
テレビ広告は、公共の電波を通じて日本中に届けられる放送事業の一部であり、広告枠運用にミスは許されません。そのため、日々の広告枠・素材運用には、広告会社・放送局ともに二重三重のチェック体制が敷かれています。しかし、人の目によるチェックや人手でのシステム連携がある限り、広告枠のスピーディーな運用には限界があります。だからこそ、広告会社と放送局の連携フローを見直し、システム連携を密にすることで、テレビ広告の新たな可能性が開けると思っています。
こうした課題がテレビ業界には山積しており、ディープラーニングも活用しつつ、業界全体のシステム連携の在り方にもメスを入れ、テレビビジネスのDXを推進していきたいです。