ディープラーニング 活用事例紹介 #8[ニューラルポケット株式会社]
ファッショントレンド解析や人流解析、駐車場での安全監視誘導サービスなど、AI技術を用いた多角的なソリューションを提供し、エッジ端末への実装技術に強みを持つニューラルポケット株式会社。近年では「社会のスマートシティ化」を実現するために、M&Aのペースを加速させ、同社の強みとのシナジー創出を狙っている。
今回、同社取締役CTOであり技術開発本部 本部長の佐々木 雄一(ささき ゆういち)氏に、同社の定義するスマートシティや創業経緯、同社が持つディープラーニングの事例について詳しく聞いた。
ニューラルポケット株式会社 (JDLA正会員社)
事業内容:スマートシティ、ファッショントレンド解析、デジタルサイネージ事業など
本社所在地:東京都千代田区
設立:2018年1月
https://www.neuralpocket.com/
「衣食住」三大マーケットの「衣」からスマートシティへの変遷
――御社の創業の経緯を教えてください。
――佐々木
当社はAIを用いたファッショントレンド解析の事業から始まりました。生活に欠かせない衣食住の三大マーケットにおけるAI活用を検討し、衣料には在庫廃棄問題などの社会課題が当時潜んでいたことや、何よりファッションという楽しい領域であることを踏まえて選定し、社名も衣を想起させるファッションポケットと名付けました。その後AIを使ったより幅広い課題解決を行うため、ニューラルポケットという社名に変更した経緯があります。
2012年前後に創業したAIベンチャーは、基本的にディープラーニングという技術が好きで創業している会社が多いです。当社は2018年創業ということもあり、基本的にはAIを使って世の中を変えてやろうという意思はありつつ、コンサルティング業界出身のメンバーが多かったので、まず一歩目は地に足ついたもの、かつ事業的な効果が出しやすい領域からはじめようと考えていました。ディープラーニングは不定形な服などの物体認識に強く、技術的にもファッションに親和性があるということも理由のひとつです。
ファッション領域で手応えを感じた後、会社として狙うべき次のターゲットを考え始めた際に、スマートシティに行き着くまでそう時間はかかりませんでした。スマートシティという言葉に限れば20年近く前から存在しますが、具体的にこれだと定義できる会社は多くありません。今年のはじめに、事業を通じてスマートシティに3〜4年近く携わった身として、今なら定義できるのではと考え形にしたのが以下の図です。
――佐々木
もちろん概念はアップデートされていくものですが、現時点で当社としてスマートシティを定義している要素は以下の2つです。
ひとつは「待ちのない街」です。AIでデータを解析することで、人間の生活は効率化されます。レストランに行けば空いている席にあらかじめ誘導され、駐車場も待つことなくスムーズに駐車できることが理想であり、そうした最適化を行うソリューションを提供しています。通勤という待ちによるストレスを減らす意味で、リモートワーク支援ソリューションを提供していたりもします。
次に「情報に出逢える街」です。最近ではマップアプリで検索すれば街のどの地点が混んでいるのかわかりますが、そもそも検索する手間がかかりますし、お年寄りの方などデジタルから分断されている方は恩恵にあずかれない実態があります。先程申し上げた待ちのない街を実現するには、人間が情報を拾いに行くのではなく、情報の方から人間に向かってくる状態を作る必要があります。この状態を実現するために、デジタルサイネージを提供している会社などをM&Aしている、というのがまさに今ですね。
スマートシティにおけるディープラーニングの位置づけ
――御社の事業におけるディープラーニングの位置付けについて教えてください。
――佐々木
もちろんディープラーニングは当社におけるコア技術であることに間違いありませんが、スマートシティ実現のためにはもちろん、ディープラーニングなどAIと言われる領域以外も整備しなければいけません。そのために実現すべきことは3つあります。
ひとつめはカメラに映る画像を認識しデータ化する、つまり非構造化データを構造化する変換器としてのディープラーニング。次に、構造化されたデータから意味合いを引き出すプロセス。最後に、人に行動を起こさせるラストワンマイルをしっかり創り上げることです。
先程申し上げたように、待ちのない街を実現するためには、人に何らかの行動を起こさせる必要があります。データを取得して分析して終わりではなく、予測の可視化や最適化された選択肢の提示などを通して人に行動を起こしてもらう必要があります。ダイナミックプライシングで直接インセンティブを与えてもいいですし、サイネージで情報との出会いを促すことでも構いません。
この1.認識して構造化し、2.意味づけし、3.行動変容を起こすというステップにおいて、AIは1と2、ディープラーニングは特に1の部分においてコアとなってきます。ステップ3までいくと、ハードウェアの活用やビジネスとの融合など、検討するべき打ち手が幅広くなります。
車両検知の商用化の難しさ
――御社のディープラーニングの活用事例について教えてください。
――佐々木
さまざまな事例がありますが、代表的なものでは駐車場での車両検知でしょうか。設定されている区画の車両を検知し、認識された車があれば緑、なければ赤で表示しています。導入いただいたSMARK伊勢崎という商業施設では、同施設のアプリ内で駐車場の空き状況を把握できます。これにより誘導の効率化が可能で、先ほどのスマートシティにおける行動変容につながっている例と言えます。
車両検知そのものはディープラーニングの基本中の基本とも言えるもので、オープンなモデルを使えば誰でも作れるものですが、商用化までのハードルの高さを語る上で良い事例です。このソリューションは北は北海道から南は沖縄まで設置されていますが、たとえば山に設置されていると夜に霧が出たり、雪や雨も降ってレンズが濡れたり、夜の山奥で駐車場にライトがないなどの要因で誤検知を起こしやすいのです。当社ではデータを数多く収集したり、AIモデルの改良を行うことで、これらの自然現象など誤検知を引き起こしやすい要因に対しての頑健性を高めています。
AIとは少し関係ないところですが、エッジ端末へのAI実装技術も当社の強みのひとつです。エッジ処理のメリットはたくさんありますが、ひとつは映像をサーバーに送る必要がないので、通信でかかるエネルギー消費がありません。サーバールームを冷却する必要もないので、環境に優しいというメリットがあります。もちろんある程度冷却の必要はあるものの、熱の逃げやすさは体積に比例するため、サーバールームよりも小さいエッジボックスではより簡易的に行うことができます。
また、通信がボックス内で完結するのでセキュリティ的にも安心感があります。電波が断たれた場合にもボックス自体は処理を継続できる点や、AI処理の遅延時間が短いことによるリアルタイム性の高さなども、スマートシティに求められる要件です。
一方で、暑さ寒さや雨などの環境変化や停電・地震などに対する頑健性など求められる品質水準が高いため、日本の昔ながらのものづくりに立ち返りしっかり作り込むことを行っています。
カメラ設置や調達、シミュレーションでのデータ生成にも独自の強み
――御社の強みについて教えてください。
どのようなカメラを使うかや、カメラをどこにどう設置するのかなど、カメラの設置に関しても独自のノウハウがあります。カメラ設置に関するノウハウを効率的に提供するため、ニューラルエンジニアリングという子会社を設立し、カメラの設置・画角調整やデバイス調達などの関連業務を一手に行っています。AIの精度向上をきっちりやりつつ、足りない分をどう埋めていくかの努力をしっかり行っているのが当社の特徴だと考えています。
また、車両検知は倉庫でも使用できますが、海外と日本ではトラックの見た目が違うことがあります。そもそも車体の見た目が違いますし、画角も日本では上から撮影したものは多くありません。オープンデータを学習に使うこともできますが、そのまま使っても求められている精度に達しないことがあります。そこで、データ収集を独自で行ったり、シミュレーションデータを使ってかさ増しを行う技術なども利用しています。
車両検知と近い話として、ナンバープレート認識の技術でも興味深い話があります。通常、ナンバープレート認識はOCRで行うためほぼ静止している状態で認識しますが、当社では独自の技術を使うことで走行中の車両でも認識が可能です。これを実現しているのが、ナンバープレートのデータをシミュレーションで生成する手法です。カメラで撮影した際の画像のブレや汚れ方を踏まえて学習データを精緻化するノウハウを活用することで、シミュレーションを用いた学習サイクルを実現しています。
Unityさんと共同で行ったプロジェクトもご紹介します。スマートシティにおいて、カメラで刀や拳銃を持っている危険状態の人間を認識したいのですが、それらの学習データの数が少ないので、シミュレーションで生成しようという取り組みです。
一般的にシミュレーションデータで学習させたモデルを現実で使おうとすると性能が出ないケースが多いですが、特殊な背景の形式で学習させると性能が出ることがこのプロジェクトで判明しました。画像を見ていただければわかる通り、背景が若干気持ち悪いですが(笑)これらで学習を行うことで性能が上がることが判明した、非常に興味深いプロジェクトでした。
ディープラーニングは不可能を可能にする魔法の杖であり続ける
――最後に、ディープラーニング活用のポイントと、読者へのメッセージをお願いします。
ひとつは、よく言われることですがビジネスとしての設計をきちんと行うことです。技術的に面白いからではなく、どのようなビジネスインパクトを最終的に刈り取りたいのか、活用を決める前にきちんと定義すべきです。
次に、ディープラーニング以外にも技術的に解決が必要な項目をリストアップし、それらを潰していくことです。通常、ディープラーニングを活用しようとしても、それ以外の箇所が課題になるケースが大変多く、デバイスや通信、サーバー周りも含めて、トータルなソリューションづくりを行う必要があります。
最後に、これはAIエンジニアの方へ向けたメッセージですが、AIモデルをただ作って終わりではなく、実際に現場で使えるモデルを作るためのノウハウ獲得を目指してほしいと思います。オープンデータでAIモデルを作るところまでは、昨今誰にでもできるよう民主化されつつあります。カメラ画像を使うのであれば雪や雨などの自然現象にどう対応するかなど、問題を正しく分析し、改善プランを立てられることが、これからのAIエンジニアに求められる非常に重要な要素だと思います。
スマートシティ実現にはやることが山積みです。人間の情報取得は目からが7〜8割を占めると言われていますが、ディープラーニング活用の中でも画像の領域はまだまだ手つかずのままです。それらを埋めていき、当社の定義するスマートシティを実現するという点において、ディープラーニングは当社にとって「不可能を可能にする魔法の杖」であり続けます。