東北の中核都市である仙台市が取り組む「仙台X-TECHイノベーションプロジェクト」が今、地域発の取り組みとして注目を集めています。2018年にプロジェクトを立ち上げ、2021年度以降はAI人材の育成や先端技術を活用した新規事業の創出を支援し、3年間で参加者は2,300人以上。人材育成の一環としてG検定やE資格の取得支援も開始し、着実に成果を上げています。
プロジェクトを推進する仙台市経済局イノベーション推進部産業振興課の係長、小池 伸幸氏と主任である佐原 康章氏に、プロジェクトの経緯と目的、展望を伺います。
プロフィール:
仙台市経済局 イノベーション推進部 産業振興課 係長
小池 伸幸氏
仙台市経済局 イノベーション推進部 産業振興課 主任
佐原 康章氏
ITの力を活かし、仙台市が描く地域産業の新たな未来
―「仙台X-TECHイノベーションプロジェクト」を立ち上げた背景について教えてください。
小池氏 プロジェクトを立ち上げた2018年当時から、仙台市はIT関連企業の数や、全産業に占める割合が他の政令市と比べて高い水準にある、IT産業が盛んといわれる都市でした。一方、産業構造的には受託開発を行う企業が多く、せっかくあるITの地力を活かして新しい事業を仙台企業で立ち上げていただきたい、という産業振興を目的に「仙台X-TECHイノベーションプロジェクト」は生まれました。
―プロジェクトの概要を教えてください。
小池氏 端的に言うと、デジタル技術を切り口にして新しい事業を創出する、もしくは既存事業を高度化することを支援するプロジェクトです。
2018年からスタートし、2020年までの3年間は主にIT企業を対象として、オープンイノベーションで新しい事業を創出する支援を行ってきました。2021年度からは、より広い業種の企業を対象に、AIやデータ活用といった、新規事業の創出や既存事業の高度化につながりやすいと考えられる技術の導入やチーム立ち上げ支援を行っています。
―どういった理由からでしょうか?
小池氏 IT企業と非IT企業の境目が曖昧になってきたことが理由としてあげられます。2020年からのコロナ禍で業種を問わず働き方が変化したことで、ITを扱う仕事ではない企業においても自社内でシステムを開発したり、ITを導入したりする必要性が生まれたことが、ひとつの契機となりました。
―参加企業の特徴はありますか?
小池氏 業種がとにかく幅広いですね。IT企業はもちろん、農業から卸小売業まで、様々な分野の企業に所属する方が参加しています。プロジェクトの最後にはコンテストを開催するのですが、そこにお招きした審査員の方々からも「仙台市ほど多様な分野の企業が参加しているプログラムは見たことがない」とお声をいただくほどです。
「人材育成」と「ビジネス創出」を軸に多様な参加者を支援
―プロジェクトの具体的な取り組みについて教えてください。
小池氏 人材育成関係とビジネスの創出関係という2つの事業があります。人材育成では資格取得支援が中心です。JDLAのG検定やE資格の取得に向けたオンライン学習や直前セミナーなどを実施したり、実際に手を動かすワークショップも開催したりしています。昨年度は生成AIを活用したアイデア創出や、プログラミングの実践なども行いました。
―ビジネス創出については、どのような取り組みをされていますか?
小池氏 AIやデータを活用して、自社の課題発見やビジネスアイディアを創出するワークショップの開催に加えて、アイディアを磨き上げるための専門家によるメンタリングや、ビジネスコンテスト形式のアワード、「仙台X-TECHイノベーションアワード」を開催しています。
―人材育成とビジネス創出を両輪で進めているということですね。人材育成プログラムの参加者はどのような方々なのでしょうか?
小池氏 参加企業と同様に、職種も幅広いですね。AIやディープラーニングの基礎知識修得を目的とするG検定に関しては、本当に様々な業種、職種の方が参加されています。E資格はディープラーニングの深い知識や実装能力が求められますので、ITを扱っている企業のエンジニアが多い印象ですが、非IT系の企業からチャレンジされる方もいらっしゃいます。
―男女比や年齢層はいかがでしょうか?
佐原氏 年齢層は幅広いのですが、男性の方が参加比率が大きいです。私たちとしては、性別や年齢、職種、文系理系など属性にはこだわらず、できるだけ多様な方々に参加していただきたいと考えています。
IT人材の地域定着に向けた取り組みなども行なっていますが、その際も情報系の大学に限らず、幅広い分野の大学にお声がけし、学生にアプローチしています。性別や専攻に関係なく、デジタル技術を活用できる人材を育てていきたいと考えています。
―様々な方々にAIやデータ活用の知識を身につけてほしいということですね。
佐原氏 ちなみにITやAIの初学者向けには、年に3〜4回、オンラインで「レクチャーシリーズ」というITやAIに関する理解や関心を深めていただくセミナーを開催しています。昨年は書籍「マンガでわかるDX」の著者をお招きし講演いただくなど、初学者にもなるべく伝わりやすい内容を心がけています。こういったセミナーをきっかけとして、その翌年度にはG検定へチャレンジしようという方もいらっしゃいますね。
3年間で2,300人が参加。着実に広がる成果
―これまでのプロジェクト実績を教えて下さい。
小池氏 「仙台X-TECHイノベーションプロジェクト」には過去3年間で約2,300人、単年度では800人程度が参加されています。資格取得支援については、今年度からスタートしたG検定に30名程度、E資格が20名程度、さらにデータリテラシー系の資格講座も20~30名程度が受講しています。
―資格取得に対しては、具体的にはどのような支援を行っていますか?
小池氏 G検定、E資格ともに、資格試験の受験費用や公式テキスト、オンライン学習教材、模擬テストといった、受験に関する費用に助成を行っています。完全無料ではなく、ある程度の自己負担をお願いしていますが、通常より手頃な金額で受験できる仕組みです。対象は仙台市民、あるいは仙台市の事業所に勤めている方になります。
―参加者のフォローアップはどのように行っているのでしょうか?
佐原氏 キックオフミーテイングを行なったのち、オンライン学習教材の進捗状況を確認し、進捗が芳しくない方には個別にフォローを行っています。また、受講者同士が情報交換できる場も設けています。特にE資格の受講者は自発的にコミュニティを形成し、お互いに助け合いながら学習を進めていらっしゃいますね。
―プロジェクトの手応えは感じますか?
小池氏 そうですね。合格率は一般の受験者と比べて10%程度、高い水準を維持しています。また、プロジェクトへの参加者が起点となり、所属企業や組織内でAI活用の輪が広がるケースも複数報告されています。企業や大学が独自にG検定やE資格の取得支援を始めるなど、波及効果も出ていると考えています。
特に「AIとは何か?何が得意で、何ができないのか?どのような手法があって、どう活用できるのか? 」という基本的理解を身につけることができて良かった、というご意見もいただいています。
佐原氏:私自身エンジニア出身ということもあり、実際にG検定を取得してみました。G検定は、基礎的知識に加え事例も豊富で、実践的に役立つ内容だと感じます。ビジネス創出には課題に対する解決策を見出すプロセスが重要ですから、G検定の学習を通じて、AIをビジネスに活用するための視点や知識が身につくのではないでしょうか。
―具体的な活用事例はありますか?
小池氏 嬉しいことに、プロジェクトをきっかけに、実際に次のステップへ進む事例も出てきました。中には、プロジェクトで培った関係性をもとに、経済産業省の補助金を活用し複数の民間企業が主体となって新しいプロジェクトを立ち上げるといった事例も生まれています。
「仙台X-TECHイノベーションプロジェクト」を通じて企業内外の新しい繋がりができ、自発的、発展的に新しい取り組みが生まれていくことは、大きな成果だと考えています。
―参加者からの評価や反応はいかがですか?
佐原氏 特にE資格の受講者の間では強いコミュニティが形成されています。G検定より難度が高く、キックオフの際には合格者の体験談として「100時間から200時間の学習が必要」といった具体的なアドバイスが共有されたこともあり、参加者同士「大変なところに来てしまった」と話し合いながら、自発的に連絡を取り合って、情報交換や相互支援の輪が広がっていましたね。
小池氏 プログラムの垣根を越えた交流も生まれています。例えばG検定を取得した方がその後ビジネスコンテストに参加するような、ステップアップしていく例も出てきています。運営する側としては、単なる資格取得支援にとどまらない、広がりのある成果を感じることができますね。
市民と共に歩む「LIFE IS YOUR TIME.」の挑戦
―「仙台X-TECHイノベーションプロジェクト」では「LIFE IS YOUR TIME. 人生はあなたの時間。」というブランドパーパスを掲げていますね。
佐原氏 仙台市の特徴である「ちょうどいい」というキーワードと、テクノロジーの活用による生活の豊かさを結びつけました。自分でライフスタイルを選択できる街という意味を込めて、市民の皆さんと共感・共創できる言葉として掲げています。
―2024年からは新しいフェーズに入ったと伺っています。どのような展望をお持ちですか?
小池氏 これまでの3年間で、様々なアイディアやプロトタイプが生まれてきました。次の3年間では、それらを実際の社会実装へと進めていきたいと考えています。そのため、経済局内での役割も変化しています。
―具体的にどのように変化しているのでしょうか?
小池氏 デジタルを活用した業務効率化などの支援は中小企業支援のチームも担当します。私たち産業振興課はより高度なAI活用や社会実装に注力していく方針です。また今年度からは、単なる活用アイディアやプロトタイプの数ではなく、実際のビジネスモデルの実装にも重きを置いています。
支援の段階を5段階で表現するなら、2021年からの3年間は1段階目か2段階目。これからの3年間では、より高度な3段階目、4段階目を目指していきます。一方で、新規参入者向けの1、2段階目の支援も継続する予定です。
―ありがとうございます。最後に、今後の展望について教えていただけますか。
小池氏 仙台市の持つ「ちょうどいい」という特徴に加えて、突き抜けた取り組みが生まれていくような環境を作っていきたいと思います。新しい産業の創出やスタートアップ支援などを通じて、この環境構築に取り組んでいきたいと考えています。
佐原氏 プロジェクトの立ち上げ当初、私たちは物事を進めるにあたって何が重要か、影響力があり波及効果があるのは何かについて考えてきました。「ボーリングのセンターピンを倒す」というモデルですね。
2018年からの取り組みの過程で、センターピンは倒れてきた手応えがあります。「LIFE IS YOUR TIME. 人生はあなたの時間。」というパーパスのもと、仙台市の産業全体に広がる取り組みとして、「仙台X-TECHイノベーションプロジェクト」を推進していきたいと思います。